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監督:山崎貴
出演:岡田准一/三浦春馬/井上真央
2013/日/144分/☆☆☆

批評 がんばっているのは、分かった

 自分と同じ年で、特攻で亡くなった祖父を追う現代の青年の物語。

 祖父の戦友から話を聞いて行くというほが基本構成。
 証言は大きく二種類。

1. 海軍一の臆病者で卑怯者
2. 生に執着する凄腕パイロット

 問題は、「海軍一の臆病者で卑怯者」という証言が、それ以上出てこないところだ
 その評価をしている人は、「臆病者で卑怯者」というだけで、詳しくは何も語らない。
 「生に執着する凄腕パイロット」という評価の人しか、詳しく何があったのかを語らないので、“多数の人の証言”という、立体描写が可能なはずなのに、そうなっていない。
 そもそも、“多数の人の証言”というのも、時期がずれているので行動評価が常に一定だ。
 これ、証言者を分離させる意味、あんまり無くないか?
 手記登場させて追いかける構成で問題ない気がするんだが。

 そもそも証言者が、なんでその場にいなかったのにそのこと知ってんのかね?
 という部分があるなど、疑問は尽きない。

 登場する戦闘証言も、どっかで聞いたことがある内容が多くて、あまり面白み (というと、御幣があるが) は無い。

 映像的にも、「すごい乱戦だった」というわりに、乱戦中にエンジン不調になっても無事に帰ってきたり、戦闘中に脇見してても問題なかったりと、「乱戦から、無傷で季刊する事は不可能」という台詞との整合性があるとは言いがたい。(確かに違う戦闘の描写ではあるのだが、あの台詞より後 = より劣勢下での戦闘)

 すっごいがんばっているのは分かる。
 けど、「すっごいがんばっている」だけじゃ、良い映画にはならんのよね。

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