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サロゲート
監督:ジョナサン・モストウ
出演:ブルース・ウィリス/ラダ・ミッチェル/ロザムンド・パイク
2009年/米/89分/戸田奈津子/☆

批評 ジョナサン・モストウじゃなぁ

 監督は「U-571」や「ターミネーター3」等の前科を持つジョナサン・モストウだから期待するが間違いだったのかもしれん。

 だが、それにしても、酷い。

 “サロゲート”と呼ばれる遠隔操作アンドロイドによって社会が一変した後の話なのだが、この“サロゲート”なるシステムがどういう技術バックボーンで作られ、運用されているかを一切何も考えず、ただ“人間の身代わりとして遠隔操作で動いている”ということしか考えていない。
 そのため、物語的にも、その物語を成立させるための世界にも無数の矛盾や疑問が生じてしまっている。

 まず、人間の変わりに動作しているアンドロイドだが、感覚を人間にフィードバックすることで、それまで人間用に作られた社会システムを、変更することなくそのまま使えるらしい。

 が、しかし。

 サロゲート標準装備の感覚系は、視覚と聴覚のみ。
 別料金のオプションを利用すると、五感の変換がいちおう出来るらしい。(かなり感覚を削られている描写がある)
 このあたりのセンサー系がどうなっているのかも知りたいところだが (どうやって後付するのか?という技術的な疑問がある。体を入れ替えるとすると、ボディが違うものになるので作中描写と矛盾する)、問題はそこにはない。

 作品は、現代のインターネット依存状態に対する批判になっている。
 ネットに感覚はないだろう?というわけだ。

 しかしこの作品では、肉体的な直接接触がない世界における人間関係の構築、という側面が、この世界ではまったく完全に無視されてしまっている。

 「子を亡くした親の再生」もまた、物語の軸にあるにもかかわらず、人間同士が直接接触しないのに、どうやって子作りするんだ?という謎は一番端的にその欠点を表しているだろう。(作中でサロゲートには SEX 機能があることが描写されている。なので、快楽を享受するだけならサロゲートで問題ないように見える。が、五感に制限がある機器での代行 SEX より生身のほうが楽しいだろ?という設定を入れれば一応説明をつけられる)

 作品テーマ的に邪魔だから、サロゲートの負の部分だけしか考察せず、他の側面を、長所も短所も一切無視してしまったようにしか思えない。
 しかし、それならば、なおさら、「金持ちはサロゲート、貧乏人は生身」という描写にするとか、いくらでも工夫の使用はあっただろう。

 根本的に、サロゲートなんか使わずに、それこそ五感を電子変換して「Second Life」みたいな仮想世界を使ったほうが安くて安全じゃね?という問題は拭えない訳だが。

 作品テーマのために考察が不足し、結果的にそのテーマが陳腐化するというのは皮肉としか言いようが無い。
 世界を変える革新的技術を思いついたのであれば、それで世界や人がどう変わるかを、もっとマクロな視点で考えねばならん。
 そのことを、この作品はつよく教えてくれた。

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