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崖の上のポニョ
監督:宮崎駿
出演:山口智子/長嶋一茂/天海祐希
2008年/日/101分/☆☆

批評 宮崎駿、もはや限界か!?

 気になったのは三点。
 まず、宮崎駿の言う「原点回帰」。
 おそらく、この言葉に嘘偽りはないのだろう。だが、回帰と言うより退行してしまってはいないだろうか?
 風や波の表現は、初期の (キャラクター物ではない頃の) ウォルト・ディズニー・アニメーションの影響を強く感じるものとなっているように思う。
 それがアニメーションの原点回帰であるというのならばそれもありかと思うのだが、手書きの素朴な、というわりに、すさまじい背景書き込みがあったり(水没後の背景等)、かと思えば、おそらく自分が興味ない物はまったく動かなかったり (家に立てかけてあるほうき等) と、一つの画の中に矛盾が生じているのは問題だと思う。
 結局、興味あるものしか動かしていないだけに見えてしまうからだ。

 次に、映像と物語の剥離。
 嵐は街を襲い、主人公親子に迫り生命の危機をもたらし、船に乗る父は、その嵐で遭難する。
 その嵐を巻き起こしているのは、主人公の宗介に会いたいというヒロイン、ポニョの願いだ。
 カタストロフィーと共に押し掛けてくるヒロイン。愛は狂気に似ているとは言うが、これぞまさに狂気の純愛だろう。
 まぁ、これを恐怖描写できなかったのは分からんでもないが、楽しそうに描かれても「だってこれ被害甚大なんじゃないのか!?」という疑念が頭から離れない。
 全体的に、「とんでもない状況」なのに、「やたらと明るい描写」は非常に多い。
 神経症の時代に送る作品と言うが、この作品からもなにか精神病的なものを感じてしまうぞ。

 最後は、脚本的問題。
 特に後半のシークエンスはいただけない。
 物語に、宗介のポニョに対するブレの無い一途な思いが必要だというのだが、宗介の行動を支える初期衝動にポニョは存在していない。
 彼は母親に会いたいから行動しているだけだ。(ついでにいうと、母親に会いたいと思う状況は、ポニョによってもたらされた災害によって作られている)
 説明する気のない多くの思わせぶりな台詞や、なげっぱなしの伏線や設定 (なぜか、パンフレットで説明されている物もある。説明する必要ないだろうに) などどうでも良いが、物語上必要な行動動機は、あった方が良いと思うぞ。

 個々のカットで見ると「おぉ!」と思うところも非常に多い。
 だが、それがシーンとして連続した時に、ワクワクにつながらず、なにか奇妙な印象に変化してしまう。
 一部の画作りは、正直、老いたな、と思う部分さえある。
 宮崎駿、もはや限界なのかもしれん。

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