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最低映画への
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ニューオリンズ・トライアル
監督:ゲイリー・フレダー
出演:ジョン・キューザック/ジーン・ハックマン/ダスティン・ホフマン
2003年/128分/松浦美奈/☆☆☆☆

批評 ハリウッドメジャー久々の“地味”映画や

 「裁判とは、自分の主張が「正しい」事を納得させる御機嫌取りの場だ」とは、私の知人の発言であるが、この映画はそれを体現してみせている。
 キーになるのは、陪審コンサルタントなる存在。
 陪審員を調べ、彼らを、どうすれば自分に有利な判断を下すかを捜査し、操作する存在だ。この存在は個人の判断を平然と歪める強大な脅威として画かれる。

 この脅威と戦うのが、弱者たる弁護人。
 この映画をミステリーとして上質に仕立て上げたのは、この原告 vs 被告 (= 陪審コンサルタント) という対立構造に加えて、謎の第三勢力の存在がある事だ。
 陪審団の意見を自由に操作できると言う、正体不明、敵味方不明の陪審員。
 どちらの敵なのか、どちらの味方なのか、はたまたただの金の亡者なのか?

 最後の展開にいたるまでを楽しむ裁判映画において (この手のハリウッド娯楽映画において、弱者は勝利するものである)、中盤の展開を緊迫させる見事な方法であると言える。
 また、三つ巴の戦いにもかかわらず、脚本が整理されていて、見ていて混乱しないのも素晴らしい。
 それぞれのキャラクタの書き分けがきちんとなされているだけではなく、脚本に無駄な伏線が存在しないのも原因だろう。

 米国の裁判システムに関して最低限の知識が無いと理解できないのと、所々で御都合主義的展開があるのが引っかかるが、娯楽映画である事を考えれば妥協範囲。
 予想以上に良質の一本であった。

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