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アザー・ファイナル
監督:ヨハン・クレイマー
ディネッシュ・チェトリ/オットリー・ラボーデ/パサン・ツェリン
2002年/阿・日/77分//☆☆☆☆☆

批評 映画としては疑問もあるが、ドキュメンタリーとしては一級

 2002年6月30日。横浜。FIFA ワールドカップ決勝戦当日。
 ブータンで、FIFA ワールドランキング最下位を決める「もう一つの決勝戦 <<アザー・ファイナル>>」が行われていた。

 アジアの山岳地にあるブータンと、カリブ海に浮かぶ火山島の英国領モントセラト。
 それまで、お互いの国名さえ知らなかったチームの試合を、試合前から追った記録映画である。

 どちらの国も、サッカーをする環境に大きなハンディを背負っている。
 しかし、ブータンの外相の言う、スポーツの二つの側面。
 「社会的貢献。平和と調和そして相互理解」では、絶対的にこの二国の方が優れている。
 ロベルト・バッジオの言う「サッカーは、誰にでも話せる言葉だ」だからこそ「すばらしいサッカーの試合は世界のどこででも出来る」。そのことの証明だ。

 残念ながら、ワールドカップ本戦出場国のチームはもう一つの「勝ち負けをのみを重視」しすぎているのだろう。
 そして、アディダスとナイキがスポンサーを断ったこと (これを発表してしまう事務局もすごいと思う) など、勝ち負けではなく商業に走りすぎたことも指し示している。


 たしかに映画としてはどうかと思うところも多々ある。
 しかし、この映画の語っている内容は、素晴らしく素敵な、ストレートなメッセージだ。
 これはサッカーというスポーツの試合を記録した映画ではない。サッカーという言語を通した、相互理解の記録なのだ。

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