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北の零年
監督:行定勲
吉永小百合/豊川悦司/渡辺謙
2005年/日/168分/☆

批評 ねむいたいさくえいがでした

 淡路島の稲田家騒動で蝦夷に飛ばされ、開拓させられる羽目になった家臣一同が、政府に翻弄されながらも気合いと努力と根性でどうにかしてゆく話。

 豊川悦司が一人だけ、やたらめったらとかっこいい (吉永小百合がピンチになると毎回助けに現れる。かっこいいのではなく、ただのストーカーかもしれぬ) 映画ではあるが、その実態はたんなる駄作。

 原因は主に二つ。
 主演の吉永小百合と、脚本だ。


 まずは、吉永小百合。
 冒頭、10歳くらいか(たぶん)の娘がいるようには絶対に見えない。

 母娘というよりも、おばあちゃんと孫娘。
 渡辺謙との夫婦は、ビジュアル的にそう無理があるとは思えないが、豊川悦司とのカップリングは無理がありすぎる (渡辺謙と豊川悦司は、年齢的にはそう違わないので、単純に見た目の問題だ)。

 とどめは、スタッフが遠慮したのか、それとも信者が恐ろしかったのかは定かではないが、吉名小百合は決して髪も化粧も衣装も乱れない。
 香川照之に襲われるシーンの後でも、野良作業の後でも、馬の手入れをした後でも、汗もかかない。

 要するに、吉永小百合というキャスティングそのものに無理があるのだ。キャスティングディレクターに反省を促す。


 しかし、本当の在任は脚本家だ。
 その内容は、いちいちつっこんでいたらきりがない。

 登場人物は次々に状況を台詞で説明し、その説明内容は次々に変化する。
 その変化速度はもはや冗談の域に突入し、心情の独白が始まるに至って、登場人物はもしかして多重人格なんじゃなかろうか?それとも狂っているだけ?と思っていると、どうも空間がゆがんでいるとしか思えぬ奇怪な地理条件であることが判明。ひょっとして狂っているのは登場人物でもなんでもなくて世界そのものか!?と納得できる頃には、頭は混乱することを放棄して眠りたがっている有様。

 猛烈に眠い映画であった。

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