貴殿は
1999年5月2日以来
Counter
人目の挑戦者だ

表  紙

更新履歴

新 日 記

全映画批評

映画批評・壱
2015年版
2014年  2013年
2012年  2011年
2010年  2009年
2008年  2007年
2006年  2005年
2004年  2003年
2002年  2001年
2000年  1999年

映画批評・弐

最低映画への
有罪判決

その小屋
どうだった?

徒 然 草

掲 示 板

レディ・ジョーカー
監督:平山秀幸
出演:渡哲也/徳重聡/長塚京三
2004年/日/121分/☆☆☆

批評 DVD で良いから 4時間の「アルティメット版」を望む

 映画の脚本は、その長さに反して薄いことが多い。
 これは、映像による説明の面倒臭さをあらわしている。文章なら一行で済むような部分も、映像だと数秒間かけて撮影せねばならないからだ。
 結果、小説を原作に持つ映画は、その小説をどう短くするかが勝負になる。

 この作業、ミステリーだと難易度が各段に上昇する。
 ミステリー小説は、その性質上、全体の構造が複雑だからだ。

 ヘタに切ると、作品そのものが崩壊してしまうし、切らないと時間がいくらあっても足りなくなるからだ。

 この映画は、この時間の壁の中で、可能な限り原作の要素を詰め込むという選択をし、失敗したのだ。

 才能も実力も有るスタッフとキャストをあつめ、時間を、金をかけて撮影している。作り手の"本気"が画面から伝わってくる作品だ。
 だが、上映時間を2時間におさめねばならないという壁はどうしようもなかった。犯人グループの説明はもちろん、警察内部のいざこざに至るまで、すべてをいれてすべてが中途半端になってしまった。

 この、ほとんどただ一点の、しかして致命的な一撃によって、この映画は崩壊している。
 やはり、なんだかんだ言っても「映画は脚本である」事を実感させてくれる一本であった。

戻る