貴殿は
1999年5月2日以来
Counter
人目の挑戦者だ

表  紙

更新履歴

新 日 記

全映画批評

映画批評・壱
2015年版
2014年  2013年
2012年  2011年
2010年  2009年
2008年  2007年
2006年  2005年
2004年  2003年
2002年  2001年
2000年  1999年

映画批評・弐

最低映画への
有罪判決

その小屋
どうだった?

徒 然 草

掲 示 板

ボーリング・フォー・コロンバイン
監督:マイケル・ムーアー
出演:マイケル・ムーアー/チャールトン・ヘストン/マリリン・マンソン
2002年/加/120分/石田泰子/☆☆☆☆☆

批評 回答はない

 その日、コソボ紛争で最大級の爆撃を行い、米軍が大量虐殺を行った。
 その1時間後。米コロラド州にあるコロンバイン高校で、2人の生徒が銃の乱射事件を起し、多数の死傷者を出し、自らも自殺した。

 社会はあらゆる分析を試みているように見えた。
 銃が規制されていないから、人種の坩堝だから、家庭崩壊が進んでるから、暴力的な映画・ゲームのせい、聴いてる音楽のせい、文化的に血塗られた国だから...

 監督のマイケル・ムーアはこうした分析に異を唱える。
 人種の坩堝?銃の数?どっちもカナダの方が進んでる。
 血塗られた歴史?独はどうなんだ?
 家庭崩壊?英の方が多い。
 暴力的な映画?世界中でやってるじゃないか。
 暴力的なゲーム?多くは日本産だ。

 どうしてだ?事件の直前、彼らはボウリングをしていた。ボウリングの授業も取っていた。かれらはボウリングが好きだった。なんで誰もボウリングのせいだと言わないんだ?

 ムーアは、アポ無しで、マイクとカメラを持ち、確信犯的無邪気さで問題をひっかきまわし、影にある物をひっぱり出そうとしている。
 じつに乱暴なやり方だが、ブラックではあるがユーモラスな演出と、疑問提示方法が、この映画の救いになっている。

 確かに回答はどこにも無い。あるのは「ムーア」の意見であり思想だ。
 しかし、そこに提示される問題は、現代アメリカの抱える、極めて大きな問題なのだろう。

戻る