貴殿は
1999年5月2日以来
Counter
人目の挑戦者だ

表  紙

更新履歴

新 日 記

全映画批評

映画批評・壱
2015年版
2014年  2013年
2012年  2011年
2010年  2009年
2008年  2007年
2006年  2005年
2004年  2003年
2002年  2001年
2000年  1999年

映画批評・弐

最低映画への
有罪判決

その小屋
どうだった?

徒 然 草

掲 示 板

サイン
監督:M.ナイト・シャマラン
出演:メル・ギブソン/ホアキン・フェニックス/ローリー・カルキン
2002年/米/107分/戸田奈津子/☆

批評 矢追純一か!?

 妻を交通事故で亡くし、信仰を捨てた元神父。
 彼の家の前にあるトウモロコシ畑に、ミステリーサークルが出現する。

 この冒頭だけで大期待するのが最低映画ファンであり、ミステリーサークルは麦畑に出現するんだぞ!!とか、サークル中心の穂が立ってないじゃないか!!とかいう突込みを入れるのがただしい超常現象番組ウォッチャーだと断言できる。

 全体だが、シャマランが日本に生まれていれば、きっとカラスが飛んでりゃ死体が埋まっていて、黒猫が前を横切れば不幸が起きるような話を作ったのだろう。
 すべては必然であり、偶然はない。そういう話だ。
 その偶然は、主人公が妻の死によって失った信仰を取り戻すというプロットから想像すると、神がその必然を生み出したということなんだろう。

 その神の存在が見えにくいのは、私が無神論者であるからかもしれない。このあたりは、ちょっとわからない。
 問題は、こうした見る人を選ぶ点ではない、肝心の宇宙人の設定がひどく矛盾しているという点だ。

 コップの水を受けただけで皮膚がただれるほど水に弱いが、夜霧の中のトウモロコシ畑を疾走する。夜露を全身にあびても死なないようだ。
 偵察部隊を世界中に派遣したが、地球に大量の水があることを知らなかった。あるいは知っていたが生身で攻めてきた。
 こんな、頭の悪い宇宙人から、どんな恐怖を感じろというのだろうか?

 「世界の終末を通じて、失った信仰を取り戻すまで」というテーマはわかる。
 そのテーマを描く上で、この映画は真正面から終末を描く道を選んだ。しかしこの映画は、終末をまったく描き切れていない。

戻る