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映画批評・弐

最低映画への
有罪判決

その小屋
どうだった?

徒 然 草

掲 示 板

チョコレート
監督:マーク・フォスター
出演:ボリー・ボブ・ソートン/ヒース・レジャー/ハル・ベリー
2001年/米/113分/松浦美奈/☆☆☆

批評 もや

チョコレート  えぇ!?
 夫を処刑され、子供を交通事故で失った黒人妻。
 その最期を看取った、人種差別主義の白人看守。
 その事実を知らずに知り合った二人の、痛々しい恋愛映画。

 どん底にいる二人が出会って、どん底から幸せを見つけるとう物語なのか、それとも主人公の父親から子供へと三代に渡る悲劇からの脱出(= 家庭の崩壊) を描いているのか、今一つハッキリとしない。

 それというのも、ヒロインのキャラクタが、主人公の心理変化を劇的に、そして説明する為に都合良く“作られた”キャラクタにしか見えないからだ。
 だからこそ、主人公が変った (とは言え、心理的変化が急すぎて非常に分かりにくい部分も多々ある) 部分で、なんの説明もなくヒロインも変っている。

 家族の持つしがらみからの脱出、という意味で考えると、主人公の息子が自殺をするのは分かる。父親 (主人公) と祖父 (主人公の父親) の前で自殺するというのは、すなわち父親が自分を虐待する原因を作り出している祖父へのあてつけなのだろう(自立していない父親へのあてつ  結果、自殺した息子への贖罪の気持ちから人種差別が薄れて行くのは分かるが、いくらなんでも急劇すぎはしないだろうか?
 偏見が薄れて行くのは分かるが、それまで銃を振り回して追っ払っていた人間が、あそこまで短時間に変るのだろうか?

 この映画は、全体的に心理的変化が急劇すぎるように思う。
 たしかに演出として、その心理的な変化を説明している場合が多いし、主人公の場合はヒロインを通してその変化を説明している。
 しかし説明があれば次の瞬間なにをしてもよいか?と言うと、それは違うのではなかろうか?
 特に心理的な変化など、そんなに急激におきる物なのだろうか?

 抑制された完成度の高い演出に、登場人物の急激な変化。この二つがミスマッチとなって、映画全体から奇妙な違和感を発していたように思う。

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