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トンネル
監督:ローランド・ズゾ・リヒター
出演:ハイノー・フェルヒ/ニコレッテ・クレビッツ/アレクサンドラ・マリア・ララ
2001年/独/167分/寺尾次郎/☆☆☆☆

批評 今だからこそ

 この映画は、壁が崩壊している状態だから作れたとも言える。
 もし壁がある状態でこの映画を作ったとすれば、共産主義を非難する、かつてよく見られた民主主義万歳映画になってしまっただろう。
 しかしながら、壁が崩壊し、著しく共産主義が弱体化した今日においては、こうした政治的メッセージを抜きにしてベルリンの壁を語ることが出来るようになった。
 この映画はその好例と言える。

 ベルリンの壁を越える穴を掘る登場人物達の動機に、それはよく現れている。
 残してきた妹のために、残されてしまった妻のために、離れ離れになったしまった恋人のために...
 彼らの動機はもう“一度彼らに会いたい”という極めて個人的な理由であり、そこに政治的思想はない。
 そうした彼らの持っている兄弟愛や家族愛、恋、情熱、失望、裏切り、善意、恐怖、懺悔などの普遍的なテーマを、壁を挟んだ両側で繰り広げられる人間ドラマに盛り込み、まとめる事に成功した。
 これはトンネルを掘る苦労そのものではなく、そこに掛ける人間を画いたからこそ画けたのだろう。

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