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ブラックホーク・ダウン
監督:リドリー・スコット
出演:ジョシュ・ハートネット/ユアン・マクレガー/トム・サイズモア
2001年/米/145分/松浦美奈(監修:伏見威蕃)/☆☆☆☆☆

批評 史上最狂の戦闘映画

 1992年。ソマリアの民族紛争に軍事介入した米軍の悲劇的戦闘を描いた映画だ。
 これは戦争映画ではない。戦闘映画だ。
 この題材の戦争映画であれば“ソマリア”を描くが、この映画ではソマリア戦争の中で発生した十数時間におよぶ市街地戦を描いている。

 もっとも特徴的なのは説明が無いことだ。
 現場で起きたことを再現する事に主眼を置いたため、極端に説明が無い。少ないのではなく、無いと言って良い。

 幾度も出てくる上、かなり接近した状態で画として出てくる RPG (正確には RPG7) はロケット砲だと分かる (本来は旧ソ連製の対地ロケット砲。発車後の誘導はない上、速度も遅いが使いやすいため世界中で使用されている) だろうが、シャンビー (米陸軍のジープみたいな車両。  また、途中であくまでもヘリの墜落地点に行き仲間の救助を優先するデルタフォース (元々は対テロ戦闘を前提に作られたが、現在は不正規戦闘を得意とする特殊戦闘部隊。任務達成と生死を問わず仲間を援護、救出することを至上命令とする。仲間の救出のために被害が拡大する  同時にそれが、中盤で撃墜されたブラック・ホークの元に行こうとするデルタと、区画防御地点から動かないレンジャー隊員の言い合いとなっている。

 ほかにも数多くの用語が出てくるが、それらの意味を知っていると、あの映画が、米軍の立案した作戦に対する批判になっていることも分かる。
 まず敵軍の占領地帯での作戦活動であるにも関わらず、地上車両部隊が恐ろしく貧弱。
 最期に輪装甲車が救出に来るが、あの車両部隊が来るまでの戦闘シーンが無い。
 ようするに、装甲車があれば突破できる程度の封鎖だったということだ。これは米軍がいかにソマリア民兵をなめた部隊編制をしたかを物語っている。

 たしかにこれらの説明が無くとも、映画の主題となっている (と、私が感じた)“戦争とは殺し合いである”というテーマは伝わるが、その中に込められた、たとえば米軍の暴慢などは分からないだろう。

 次に、これは英断だったと思うが、周辺でなにが起きているのかという説明の一切を描かなかったことだ。
 同時展開している他の国連軍も出てくるのは最後のシーンだけだ。
 私がこの映画を「戦争映画」ではなく「戦闘映画」であると言うのは、ここに理由がある。
 この描き方をした結果、観客は激烈な戦闘の中に放り込まれたかのような感覚を味わう。これは見ていてつらい。なにせ気を抜ける瞬間というのが存在しない。
 陸戦は戦闘区域の中に突入した瞬間から、離脱する瞬間まで続くというのは戦術的常識だが、それをここまで画いた映画は初めてではなかろうか?
 また、そうした緊張状態の中で発生した僅かなミスが爆発的に拡大して行く様を、ここまで丁寧に映像化した作品も私は知らない。

 戦争とは悲劇である。そこで行われる戦闘行為とは、いかなる理由であれ殺人以外の物ではない。この映画は、ただ単純に、そして純然として存在するその真実を真正面から書いた、数少ない戦闘映画である。

 必見。

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