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メトロポリス
監督:りんたろう
出演:今井由香/小林圭/岡田浩暉
2001年/日本/107分/☆☆☆

批評 もうどうでも良いや

 手塚作品とフリッツ・ラングに捧ぐ。と冒頭に書くべき作品。そうすれば許せる部分も多い。
 都市構造は、フリッツ・ラング「メトロポリス」そのもの。
 上層の特権階級。その中で繰り広げられる権力闘争、親子の確執。下層の労働者。その思想的対立。上層との確執。そうした中でキーとして出てくるロボット。これらはすべてフリッツ・ラングが描いた未来だ。
 そしてそこに存在するのはいかにも手塚なキャラクタ。
 そこに満ち溢れているのは、最新テクノロジで蘇った懐古主義的未来。いわゆるレトロフューチャーである。

 欠点は、主人公の人間的魅力の乏しさと、ヒロインの魅力の欠落ではないだろうか?
 前半の狂言回しが主人公の叔父さんと、ロボットなのだが、それであるが故に主人公はただひたすらアクションシーンを繰り広げるだけになってしまっている。その構図を引きずったまま、彼の人間的な魅力や性格が描写される前に彼は物語の中心に引っ張り出されてしまう。
 それであるが故に、最後にプログラムされた感情を押しのけて、人間的な感情を発露させるヒロインが、なぜそこまで強く主人公を思うのかにかける。ヒロインは主人公に惚れる的なお約束と、ただそばにいる人を好きになると言う理由しか見つからないのだ。

 これは、実は逆も真なりになっている。
 ヒロインは、可哀相なだけになってしまっているのだ。主人公はただ優しいだけで彼女を好きになっているように見えてしまう。

 フリッツ・ラングのメトロポリスで、大友的リアル描写な街の中を、手塚的なディフォルメキャラクタが右往左往するだけの物語になってしまったのは、返す返すも惜しいことである。

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