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アヴァロン
監督:押井守
出演:マウゴジャータ・フォレムニャック/ヴァディスワフ・コヴァルスキ
2000年/日本・波蘭/--分/−−/☆☆

批評 だからなんだ?

 近未来、荒廃した世界の中で若者達は非合法ゲーム (らしい)「アヴァロン」によって収入を得ていた。
 仮想戦闘によって敵を倒す“ゲーム”は、根強い人気とは裏腹に未帰還者と呼ばれる廃人を生み出していた。
 そのアヴァロンにはうわさが合った。リセット不可能、進入方法不明。しかし得られる経験値絶大の禁断の領域。クラスSA。
 伝説となったチーム、ウィザードのメンバーであったアッシュは、その領域に興味を示す。

 最初はプロモーションフィルムのはずが、いつのまにか話が大きくなってしまった「赤い眼鏡」。
 次が「ケルベロス 地獄の番犬」に続く押井守実写映画第三作。
 この映画で、映像作家としての押井守はついに自分の限界をさらけだしてしまった。

 そのすべてのカットが過去の映像なのだ。
 自分が過去に作り出したアニメーションや実写映像で見たことのある画が、ただひたすらに続く。
 たしかに、撮りたい世界、表現したい世界が固まっているといえば聞こえは良いだろう。しかし、同時にそれは表現の枯渇を表しているようにも思える。

 物語という側面ではどうだろうか?
 現実と仮想現実の境目であやふやになるアイデンティティー。現実世界では地味に生きている一人の女性が、仮想現実の中では一流の兵士というギャップ。
 そうした主人公の苦悩は、しかし「攻殻機動隊」で描かれたものと同じで、撮っている本人の苦悩を表しているにように見える。

 同じことを繰り返すようになったら、作家はダメだと思うんだよね。
 本人も「全ての映画は<アニメ>になる」とか言っているけれども、「私は映画を<アニメ>的にしないと撮れない」と言うのが正解なんじゃないの?
 だって実写とアニメーションって全然違う理論で成立してるじゃん。

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